四月する
ページID:1013096 更新日 令和5年12月5日
この号が発行される5月15日(掲載当時)は、旧暦では4月4日に当たります。4月というと「四月する」という詞があり、麦の取入れ作業のことをいいました。昔は旧暦の4月ごろに麦刈りをしていましたが、とてもきつい農作業でした。『春日市史民俗編』に、こんな民謡が紹介されています。
腰の痛さよ 畝町(せまち)の長さ
四月五月の コリャ 日の長さよ
チョイナ チョイナ
この民謡は、福岡地方で広く歌われていたもので、農作業のつらさを表現しているものです。
機械化される以前の農作業の多くは、「くるぶく(前かがみ)仕事」でした。私が子どものころは、大人たちが腰を伸ばすようにして「あ~、腰こし!」と言いながら、こぶしを背中に回して腰のあたりをたたいている姿をよく見かけたものです。麦刈り、田植え、田畑の草取り、稲刈りなどはくるぶく作業の最たるものでした。
畝町とは、田畑の1枚1枚、または板付きかまぼこの様に土を盛り上げた畝のことを指します。畝町が長いほど腰が痛くなるのは当然ですよね。また、日が長い中で作業を続けるのがどれだけ過酷かも、容易に想像できます。
私の祖母もよくこの民謡を歌っていました。自分の少女時代を懐かしんでいたのかもしれません。当時の私は「四月五月の日の長さ」というフレーズが腑に落ちなかったのですが、夏至は6月21日(掲載当時)、旧暦では5月12日なのです。旧暦は、今の暦より1か月半ほど早いと思っていればいいようです。
福岡地方では麦が栽培されなくなってきたので、今頃麦刈りといっても、麦畑さえ見たことがない人も多いかもしれません。麦は、大きく裸麦と小麦の2種類に分けられます。裸麦は押麦にして米と混ぜ合わせて麦ごはん(麦飯)に、小麦は小麦粉にしてうどんやパンの材料になります。
刈り取りの時期は裸麦の方が少し早く、6月上旬から始まります。裸麦の次に小麦を刈りますが、それぞれ4~5日、合わせて10日くらいかかりました。刈り倒した麦を2~3日干した後は、実を藁から外す「脱穀」を行います。
麦を刈り取った後は、「カラシ」の収穫が待っています。カラシとはアブラナのことで、アブラナから採れる菜種は菜種油の原料になります。このアブラナを刈り、菜種を取り出すためにブリ棒という道具でたたくことを「カラシ揉み」といいます。
麦や菜種の収穫が終わると、休む間もなく田植えの準備をしなければなりません。昔は牛や馬による「田鋤き(たすき)」を行っていました。そしてカエルの鳴き声が聞こえるようになると田植えの時期です。「むかしの生活誌」によると、春日市では旧暦の5月の初め、今でいうと6月10日の梅雨入り頃だったようです。田植えは川上から始まり、川下に移っていきます。
この田植えの一連の作業を行うことを、昔は「5月する」といいました。紹介した民謡では「四月五月の」と歌っていましたね。昔、麦の取り入れや田植え作業がいかに過酷なものだったか、非常によく伝えてくれていると思います。
春日市郷土史研究会 平田 善積(ひらた よしづみ)
(市報かすが 令和3年5月15日号掲載)
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