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奴国王墓発見のひみつ

最終更新日 平成28年4月1日

大石は神聖な場所

王墓のあった場所は、周囲より30センチメートルほど高く、その上に厚さ30センチメートルもの大石が置かれており、古墳状のものだったそうです。そしてこの石は昔から神聖なものとされており、汚(けが)すとたたりがあると伝えられていました。子どもが乗れば親にたたるということで、決してこの大石に乗らないように言い聞かせていたようです。

偶然発見された王墓

1899年(明治32年)、王墓は偶然発見されました。家屋建設のため以前からあったこの大石を動かしてその下を掘ったところ、かめ棺や副葬品が出てきたからさあ大変です。

副葬品がざくざく出てきた

当時の記録によると、3尺(約90センチメートル)ほど地面を掘ったとあります。まず、かめ棺の外から剣などが出土。そのあと、かめ棺の中から多数の遺物が見つかったとあります。遣物の量はザル一杯あったそうで、かなりの量だったのは間違いありません。出土した遺物は、近くにレンガで小室を作って納め、上に大石を元のようにのせて保管しました。

大変、出土した遺物が散逸

発見後しばらくして、ある考古学者が岡本を訪れ、小室のレンガの壁の一部を崩して、その内部を調査しました。この墓のことが学界で発表されると、多くの学者たちが調査に訪れ、貴重な遺物があちこちに持ち去られてしまいました。その結果、出土遺物の内容がはっきり分からなくなってしまったのです。

貴重な遺物の数々

遺物の詳細は、今となっては分かりませんが、当時の調査記録をたどると、おおよその姿が分かってきます。研究者によって諸説ありますが、中国鏡が30面前後、銅剣・銅矛・銅戈(どうか)といった青銅の武器が8口以上、ガラス璧、ガラスまが玉、ガラス管玉などの副葬品があったことが確認されています。

奴国王墓と推定

出土した多くの副葬品の中には、直径が20センチメートル以上もある大型の中国鏡が3面も含まれていました。これは、草葉文鏡(そうようもんきょう)と呼ばれ、中国でもあまり出土しない貴重な鏡です。小さな鏡が1つ発見されるだけでも大変なことなのですが、この王墓からは大変貴重な鏡が3枚も出土しました。このことから、埋葬された人物が極めて突出した権力の持ち主だったといえるでしょう。現在この墓は奴国王墓と推定されています。

発見された奴国王の年代は

この王墓の年代は、出土した鏡を基に推定すると、紀元前1世紀の終わり(弥生時代中期ごろ)と考えられます。これは、紀元57年に後漢の光武帝から金印を賜った奴国王の数世代前の王に当たります。春日には、今から約2,000年前に、奴国という強大な国家が存在していたことになります。

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