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市役所ができるまで

最終更新日 平成27年3月26日

現在、春日市役所がある場所(原町3丁目)には「駿河(するが)A遺跡」がありました。

この遺跡では、弥生時代中期から後期頃(約1,900~2,100年前)に建物や住居が密集していた大規模な集落の跡が見つかっています。

集落はいつしか荒涼たる原野へと戻り、周辺地域の春日原が酸性土壌で作物不毛の地だったことから、一帯は筑前三大広野の一つとされました。

明治の初め頃になっても原野が8割以上を占め、田畑は1割ほどしかありませんでしたが、戦時中には、銃器などを作る小倉陸軍造兵廠(ぞうへいしょう)春日製造所が整備されました。

戦後は米軍によって接収され、板付飛行場の付属基地として1972(昭和47)年まで利用されていました。

駿河A遺跡の上空から見下ろした春日公園周辺の風景
駿河A遺跡の上空から見下ろした春日公園周辺の風景(1979(昭和54)年撮影)

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