現在地

  1. トップページ
  2. ギャラリー
  3. 奴国写真館
  4. 春日神社の石灯籠

春日神社の石灯籠

最終更新日 平成27年3月26日

春日神社と福岡藩主黒田家は、江戸時代の初期以来、深い関わりがあります。

戦国時代、荒木 村重(あらき むらしげ)の謀反で伊丹(いたみ)の有岡城(ありおかじょう)に幽閉された黒田 官兵衛(くろだ かんべえ)は、村重の家臣加藤 重徳(かとう しげのり)によって保護され、その恩に報いるため、重徳の次男を養子として迎え、黒田 一成(くろだ かずなり)としました。

一成は、慶長17(1612)年に初代藩主黒田 長政(くろだ ながまさ)から春日村の領主を命じられ、寛永4(1627)年には、戦国時代の戦火で荒廃した春日神社を再興しました。また、後に3代藩主となる幼少時の黒田 光之(くろだ みつゆき)を、春日村の屋敷で養育しました。

以来、春日神社は代々の福岡藩主の厚い保護を受けており、境内には藩主寄進の石灯籠などが残っています。

4代綱政(つなまさ)寄進の石灯籠
宝永6(1709)年4代綱政(つなまさ)寄進の石灯籠

6代継高(つぐだか)寄進の石灯籠
寛保3(1743)年6代継高(つぐだか)寄進の石灯籠

ページの先頭へ戻る