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福岡藩の異国船対策「大田尾御台場絵図」

最終更新日 平成27年3月26日

江戸幕府誕生から200年後の文化・文政期(18世紀末から19世紀初め)は、歌舞伎や浮世絵、寺子屋などの娯楽や教育が発達し、江戸から地方へとさまざまな文化が広まった時代でした。

一方で、鎖国政策(長崎でのオランダと中国以外の国との貿易を禁じたもの)の最中に、ロシアやイギリスの船が開国を求めて、日本への上陸や占拠を行う事件が多発していました。そこで幕府は、長崎港の警護強化を福岡藩・佐賀藩・大村藩に命じ、砲台と人員を配備する御台場の整備を行いました。

今回紹介する「大田尾御台場絵図」は、文化5(1808)年に福岡藩が異国船対策として長崎の大田尾に新しく設置した御台場の場所を記した絵図です。

大田尾御台場絵図
大田尾御台場絵図(おおたおおだいばえず)

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