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百堂遺跡から見つかった饅頭喰い人形

最終更新日 平成27年3月26日

これは百堂(ひゃくどう)遺跡(白水ヶ丘3丁目)の江戸時代の墓地で見つかった土人形です。二つに割ったまんじゅうを持つ人形は、次のような説話を元に作られています。

ある人が子どもに「お父さんとお母さん、どっちが好きか」と問いかけました。すると、その子どもは手にしていたまんじゅうを二つに割り、「これはどちらがおいしいですか」と問い返しました。

両親を想う気持ちをまんじゅうで示す子どもの機転を表した人形は饅頭(まんじゅう)喰い人形と呼ばれ、江戸時代後期(今から約200年前)の文化・文政期には、京都の伏見(ふしみ)で作られていたことが分かっています。また、家に饅頭喰い人形を飾っておくと賢い子に育つとされ、江戸時代終わり頃には各地で作られるようになり、流行しました。江戸時代の饅頭喰い人形は、福岡市西区の今宿墳墓群(いまじゅくふんぼぐん)など子どもの墓から見つかることが多く、親が子どもを思う気持ちを今に伝えています。

百堂遺跡出土の饅頭喰い人形
百堂遺跡出土の饅頭喰い人形。長く地中に埋まっていたため色が落ち半分に割れています。

京都・伏見の饅頭喰い人形
現在も作られている京都・伏見の饅頭喰い人形(出典「伏見人形の原型」奥村實純編著)

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