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豆塚山遺跡の弥生人骨

最終更新日 平成27年3月26日

小倉3丁目にある豆塚山(まめづかやま)遺跡からは、弥生時代の甕棺墓(かめかんぼ)が400基以上も出土しました。ここに埋葬されていた人々は、奴国(なこく)の住人であったと考えられます。

甕棺の中には、人骨が良好な状態で残っているものもあり、約70体分の人骨が発掘されました。この出土人骨を調査することで、当時この地域に暮らしていた人たちがどのような特徴を持っていたのかが分かります。

これまでの調査結果から、春日に住んでいた2,000年前の弥生時代の人々は、顔が面長だったことや男性の平均身長が162センチメートルほどだったことが分かっています。日本では近代に至るまで平均身長が150センチメートル台後半だったことを考えると、この地域の人たちは少し背が高かったといえるのではないでしょうか。

102号甕棺墓の人骨
豆塚山遺跡から出土した102号甕棺墓の人骨

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